出てくるのは相手というより、その相手といた時期の自分です。よりが戻る場面も、口をきかずにすれ違う場面も、それぞれ別の読みを持ちます。なぜ今なのかという問いのほうが、たいてい先に答えを出します。
目が覚めてしばらく、昨夜の場面を誰にも言えないまま過ごす。元恋人の夢はそういう扱いを受けがちですが、経験した人はきわめて多い種類です。最も無理のない読み方は、相手についての知らせではなく、ある時期の自分についての夢として扱うものです。過ぎた関係は登場人物を用意しただけで、主題はもっと今に近いところにあります。
記念日、曲、思いがけない通知、共通の友人の一言、あるいは今の関係が当時と同じ段階に届いたこと。暮らしのどこかが以前に出会った形を見分け、その形の最初の版にいた人物が配役されます。何より効くのは、その関係が本人にとって何だったのかという部分で、そこは辞典の側から触れられない場所です。
重みを持つのは、つい飛ばしてしまう細部のほうです。今の姿だったのか、ある年齢のままの姿だったのか。夢の中の自分は何歳でしたか?伝統的な解釈はここを丁寧に見ます。昔住んでいた部屋に若い自分がいる夢は、関係そのものよりも、その時期の生活についての夢として扱われるからです。よりが戻る場面、ついに言えなかった言い争い、口をきかずにすれ違うだけの場面には、それぞれ別の小さな読みがあり、最後のものが最も多くを語るとされます。
交わした言葉より場所を覚えている、という語り方も多く聞かれます。当時の街並みや部屋の空気がそのまま出てくる夢では、伝統的な読みは相手ではなく、そこで暮らしていた側のほうへ向きます。
誰かの夢を見るのはその人が思っているからだ、という言い伝えは広く知られています。覚えやすく、場合によっては慰めにも落ち着かなさにもなりますが、裏づけはありません。夢は記憶を材料にします。何年も一緒に過ごした相手は記憶の大きな一区画で、登場の多さはそれだけで説明がつきます。二度と会いたくない相手の夢を見たという報告が絶えないことも、この言い伝えでは説明できません。気持ちが乱れたまま目が覚めても、それを今の関係へ持ち込む必要はないとされます。