檻の中にいたのか、放たれていたのか、こちらを見ていたのか。虎の夢では細かい型の違いが読みを大きく変えます。証明を必要としない力という古い見方と、その力との間にどれだけ間隔があったかを軸にたどります。
動物園の外で虎を見た人はほとんどいません。夜に現れる虎は、映像や物語や、アジア各地で国の象徴として使われてきた姿から作られています。それでも報告には共通点があって、どのくらい離れていたかを多くの人がはっきり覚えています。古い解釈者が気にしたのもそこでした。虎は長く、証明する必要のない力の象徴とされてきました。
開けた場所の向こうから見ている虎と、三歩先にいる虎は別の絵として扱われます。遠い型は、現実にあるがまだ届いていない力への気づきとされ、それが人なのか組織なのか自分の気質なのかまでは夢の側で決まりません。近い型は、同じ力が到着した場面と読まれます。目が合ったかどうかも古くから分けられていて、視線が交わった型は避けようのない対面として語られてきました。背を向けている虎は、まだこちらに気づいていない力として語られることがあります。距離が縮まらないまま付いてくる型は追われる夢の側に入り、本当に危険が続いた時期より、決断を先延ばしにしていた時期のほうに集まります。
虎の夢では、細かい型の違いがほかの動物の夢より大きく効きます。
大型の猫科動物と長年働いた人と、事故の報道を見たばかりの人とでは、同じ絵を前にしていても中身が違います。干支の絵や店の看板にまで虎の図が使われている土地では、日中に目にした像がそのまま夜に出てくることもあります。白い虎や見たことのない毛色の虎という報告もあり、この場合は動物そのものより、現実離れした印象のほうが手がかりにされます。眠る前にその動物が自分にとって何であったかは、ここまでの読みのどれよりも先に働きます。