鳴き声を聞きながら眠った晩に見たという話が多く、報告が寄るのは梅雨どきです。読みの土台は生態のほうにあり、幸運や実りの言い伝えは、それとは別の層として土地ごとに積まれてきました。
雨あがりの道で見かけた日や、鳴き声を聞きながら眠った晩に見たという話が、この生きものにはよく付いてきます。報告が梅雨どきに寄るのもそのためで、そもそも夢に出たという話じたいがヘビやイヌに比べればずっと少なく、積み重なった解釈の量も控えめなままです。
読みの土台にあるのは迷信よりも生態のほうです。水のなかで生まれ、やがて水を離れても生きられるようになります。この移り変わりがあるために、伝統的には何かが別の形になっていく時期と結びつけて読まれてきました。雨や実りを呼ぶものとして縁起のよい訪れとする土地がある一方、別の姿になるものとして語り継いできた土地もあり、二つの筋は変わっていくものという一点だけで重なります。卵から足が生えるまでを子どものころに眺めた記憶が残っている人も多く、その記憶ごと夢に持ち出されます。オタマジャクシの姿で出てきたという話は成体より少ないものの、変化という点では早い段階のほうが読みは豊かになります。
日本には、カエルという音が帰るという言葉と重なることから、旅の無事や、なくしたものが戻ることに結びつけて語られてきた土地もあります。言葉の響きから生まれた読みで、世界共通のものではありませんが、日本語で夢を見る人にはこの連想がはたらきやすいという点は覚えておく値打ちがあります。
意味を一つだけ与える書き方は、どこか一つの土地の解釈を世界共通のものとして差し出すことになります。幸運の読みは確かに古くからある土地の伝統ですが、まったく見られない土地もあります。かわいいと感じる人と、苦手だと感じる人では、同じ場面を見ても同じ夢にはなりません。