この項目でいちばん多く語られるのは、トイレそのものではなく使えないという状況のほうです。まず身体の事情を置いたうえで、人目のない場所をめぐる読みと、手放すことに関わる古い解釈を順に見ていきます。
行き着く先がどれも使えず、次を探して歩き続ける。トイレの夢でいちばんよく語られるのはこの型で、珍しい夢どころか定番の一つに数えられます。同じ建物の中を階ごとに移動し続ける話もよく出てきます。伝統的には、先延ばしにされ続けている用として読まれ、そして眠っている人が起きて用を足した瞬間に終わります。
睡眠の後半に膀胱がいっぱいになると、トイレの夢はおびただしい数で生まれます。この夢を語る人の多くは、自分の体に起こされかけているだけです。順番としてはここを先に置く必要があり、それを差し引いたあとで、ようやく象徴の層が見えてきます。そこでの読みは、人目のない場所と、もう要らないものを手放すことに関わります。
扉のない個室、壊れた鍵、並んで待つ人の視線、途中までしかない仕切り。そうした型は、人目から離れられない感覚に重ねられてきました。誰にも見られない場所が手元にない、という説明です。共同住宅で暮らす人、仕切りのない事務所で働く人、私的な事情が人の目に触れた時期を過ごしている人から、よく出てきます。人の多い駅や職場の共用部が舞台に選ばれる型もあります。知っている建物なのに間取りだけが違うという話も多く、勝手の分からなさとして扱われます。
個室のない時期を実際に過ごした人は、鍵のかかる扉が当たり前だった人とはまるで違う重さをこの絵に持ち込みます。読むならそちらの履歴を先に置くほうが、辞書より当てになります。
洗う場面が中心にある夢では、古い読みは道徳的な清らかさより、片づけて流す側に寄ります。手を洗い続けて終わらない型は、片づけたい気持ちのほうが絵になったものとされます。詰まって水があふれる型は、望む速さで出ていってくれないものに重ねられます。夢の伝統が便利に使ってきた比喩であって、健康について何かを語るものではありません。汚れた場所、壊れた設備、たどり着いても使う気になれない状態も報告が多く、触れずにおいた用事と重ねられます。逆に、真新しくて清潔な設備が出てくる型もあり、こちらは片づいた状態として語られます。