同じ建物でも、出張が続いている人と年に一度泊まる人では絵柄の重さがまるで違います。ホテルの夢はまず一時性の絵として読まれ、部屋にたどり着けない形が最も多く報告されてきました。
いちばん多い形は、部屋にたどり着けない夢です。終わらない廊下、間違えた階、どの扉も開かない鍵。届かない努力として読まれ、遅刻する夢や探し物の夢と同じ一族に属します。どれも一歩ずつ後ろに下がっていく目的地の絵です。覚えておく価値があるのはそのときの自分の反応で、根気よく探し続けた夢と、焦りが増していく夢では読み方がかなり違います。
ホテルは誰のものでもない家で、居心地はよくても完全に一時的です。伝統はこの絵柄をほぼ額面どおりに読みます。受け継がれてきた意味は移動の途中にある時期で、今のところここに住んでいる、荷物はまだ鞄の中、この状態は続くつもりで始まったものではない、という状況を指します。夢が心地よいか落ち着かないかは、その一時性をどう感じているかに従うことが多いようです。
ロビーは境目として読まれ、外でもなく中でもない場所という性格から、まだ決めていない事柄の舞台として自然に選ばれます。知らない人ばかりの建物は、役割の定まっていない社交の場と受け取られ、人数よりも誰かが話しかけてきたかどうかが重く見られます。自分の部屋に先客がいる場面は縄張りの問題として扱われ、自分のものと言われた場所が実はそうではないという感覚に結びつけられます。
出るときの場面にも別の読み方があります。まとまらない荷物、間に合わない時間、内容の分からない精算。どれも切り上げ方に関わる絵として語られ、終わらせ方を決めかねている時期の話として扱われてきました。逆に、静かな部屋でよく眠れた夢は、区切りとしての休みそのものと読まれます。
古い資料は立派なホテルを野心、みすぼらしいホテルを落ちぶれた境遇と読みますが、これは眠りより書き手の階級意識をよく表しています。自分の反応のほうが当てになります。飾りのない部屋で気が楽になり、大理石のロビーで落ち着かないというのはごく普通の組み合わせです。仕事で年中泊まっている人にとって客室は冒険より事務所に近く、絵柄全体がそれに合わせて動きます。二度しか泊まったことのない人には、まだ旅行の輝きが残っているかもしれません。