天井裏の物音と十二支の先頭。この二つが同じ生き物に重なっているところが、この夢の読みにくさでもあります。夢の中の大きさと現れた場所を思い出せると、どちらの伝統を使うかが決まります。
天井裏で音がした翌朝に、この夢を思い出す人がいます。ネズミは十二支の先頭に立つ生き物でもあり、同じ姿が害獣にも知恵者にもなります。ヨーロッパや北米の夢の本では、蓄えを傷める害獣、疑いの象徴、壁の内側で誰も手をつけていない問題として並びます。一方で十二支は、機転と、生き延びる力と、真っ先に到着する者をこの生き物に負わせました。
この連想を持つ人にとって、夜のネズミは腐敗ではなく、追い詰められた場面での機転として現れます。各地の昔話でもネズミは勝ち役を与えられ、体の大きな動物を注意深さで出し抜きます。同じ夢が、育った物語しだいで正反対の色を帯びます。
西側の読みには謎めいたところがありません。蓄えた食べ物が傷むこと、記憶に残る流行病、そして見えないところで長く進んでいた何かに気づく瞬間。最後のものが今も残っています。台所や地下、床下にネズミが出る夢は、足元で何かが進んでいると感じている時期に多く報告されます。夜のあいだ天井裏で音がしていた家に暮らす人ほど、この型の場面を細かく覚えています。
ただし、それが特定の誰かについての証拠になるわけではありません。夜の映像を他人の行いの裏づけとして扱うことは、何もないところで関係を壊す確実な方法だとされます。
ここで扱うのはドブネズミやクマネズミのような大きなネズミで、天井裏や下水、倉庫といった暮らしの裏側に現れます。手のひらに乗る小さなハツカネズミは別の項目で、こちらは細かな心配ごとや慌ただしさと結びつけられ、恐れの色は薄くなります。大きさと現れた場所を覚えていれば、どちらの読みを使うかは決められます。
ペットとして飼っている人は人懐こい生き物に会い、借りた部屋で駆除に苦しんだ人はまったく別のものに会います。外側からその二つを見分けられる本はありません。そばにいるあいだ、嫌悪だったのか、警戒だったのか、無関心だったのか。そこが最も頼りになる材料です。こちらへ向かってきたのか、逃げていったのかも報告のたびに読みが分かれる細部で、その週に実際に見かけた、番組を見た、隣で工事が始まったという事情も先に外しておきます。