この夢の話をすると、迷いの話になる人と家族の話になる人に、きれいに分かれます。どちら側にいるかを先に決めておかないと、辞典の説明はたいてい的外れになります。赤ちゃんの型の扱いにも触れました。
双子の夢を語り合うと、迷いの話になる人と、家族の話になる人にきれいに分かれます。前者にとって残るのは二人の顔ではなく、同じものが二つあったという重なりのほうで、伝統的な読みもそこから始まります。双子は一つのものが二つの形をとって現れた姿とされ、どちらの道もまだ本当に開いている決断と結びつきやすい象徴です。もう一つ古い系統では、支え合う二つの半分、つまり釣り合いとして読まれてきました。
自分が双子である人、双子を育てている人にとって、ここまでの読みはたいてい的外れです。夢は家庭の場面であり、出てくるのは名前のある特定の人で、それを象徴として読むこと自体が誤りになりかねません。その立場にある人は、部屋の中にある関係のほうから考え始めるほうが確かです。
双子の赤ちゃんは報告が多く、古い資料では、引き受けたものが倍に膨らんだ状態を指すとされてきました。新しい仕事、引っ越し、思ったより育ってしまった計画のまわりで語られます。このページでは、この絵を妊娠の兆しとしては扱いません。そうした主張を裏づける根拠は、どの夢の伝統にもないためです。
素朴な出どころもあります。身近で双子が生まれたこと、双子の出てくる物語、よく似た二つの選択肢を一週間ずっと比べていた日々。どれも重なりの絵を眠りへ運びます。顔の記憶が薄いのは、目が二人の違いではなく同じさのほうを追っていたからだと説明されます。